鋳鍛鋼業界 NEWビジョン(要旨)
はじめに
平成24年11月に経済産業省製造産業局素形材室のリードの下に新素形材産業ビジョン策定委員会が作られ、私もそのメンバーの一人として参画し、翌平成25年3月にビジョンが完成するに至った。丁度、国内の政権交代と重なり、リーマンショックあるいは東日本大震災、更には円高基調による厳しさは続いてはいたが、アベノミクスによる経済回復効果が少しずつ出始めて来た頃であった。日本鋳鍛鋼会としてもヨーロッパ勢やアジアを中心とする新興国の同業社に常に優位性を堅持すべく、オールジャパンで何かプラスサイドの事を実行していこうと国際競争力の強化の為の活動に方向を定めつつ、鋳鋼技術委員会および鍛鋼技術委員会で議論をしているところであった。丁度タイミングが良く、この新素形材産業ビジョンの策定となり、この中に日本鋳鍛鋼会としての目指すべき方向や取り組みについてやや過激であるが、記載して頂いた。日本鋳鍛鋼会としては、新素形材産業ビジョンを受けて、それ迄のオールジャパン活動を鋳鍛鋼業界NEWビジョン活動の策定と転じた形となったが、類似の事であり、即作成活動に入って頂いた。
平成13年10月に初版の将来ビジョンが作成されたが、この時は好況下であり、素形材産業の重要性が再評価され右肩上がりの中での策定であった。従って、耐える時代からの脱却と飛躍が強く打ち出されていた感を強くしたが、今回のNEWビジョンは状況が逆転しており、製品の量も質も減じ、設備過剰の状況が続きそうな見通しの中での日本の鋳鍛鋼業界の目指すべき方向性ならびに存続する為の考え方が記されており、初版に比べると極めて切迫感が強く感ぜられる。 第19回国際鍛造会議を前にして、多忙な状況にあるかと推察致しますが、ビジョンの示唆するところを良く理解して頂き、きちんと展開していきたく思います。日本鋳鍛鋼会の会員各社の知恵と行動により「絵に描いた餅」にならぬよう具現化していきましょう。日本鋳鍛鋼会会員各社の御協力、御助言、御支援の程、宜しくお願いいたします。
2014年 1月 吉日
日本鋳鍛鋼会 会長 村井 悦夫
I.鋳鍛鋼業界が目指すべき方向
2014年1月現在、当業界の足元の経済環境は芳しくなく、特に原子力ルネッサンスや新興国を中心とした世界のエネルギー需要の大幅な伸長を見込んだ大型鋳鍛鋼品製造設備への積極的投資による設備能力の増大の中、リーマンブラザース破綻による経済危機、2011年3月の東日本大震災により誘発された東京電力福島第一原子力発電所事故による世界的な原子力発電所の安全性や新設計画の見直しにより市場が著しく縮小し、日本のみならず世界の鋳鍛鋼業界の大きな負担となっている。また、韓国、中国等のアジア諸国の大型設備導入や鋳鍛鋼製品製造技術高度化も進んでおり、我が国業界企業のビジネスを脅かす状況となっている。
かかる事態を過去からのトレンドを踏まえて考えると、少子高齢化を背景とした国内の需要の減少など内需が頭打ちとなっており今後のマーケットの拡大も望めない上、新興国を含む海外競合企業の設備能力の増大によって、品質、コスト面での競争も激化しており、まさに、我が国の企業が一丸となり、オールジャパンでこの難局に立ち向かうことが必要である。
こうした、近年の業界・市場の状況の変化に鑑み、我が国鋳鍛鋼業の目指すべき方向を吟味した結果は以下の通りである。平成18年に作成したビジョンと基本的な方針は変わらないものの、業界全体(オールジャパン)で取り組み、課題を克服するスピードを速めることが必須である。
1.世界で勝てる技術力を持つ
設備能力、技術力としても我が国業界企業に伍する欧米諸国や、新鋭設備を導入し、実力を増しつつある新興国との競争にうち勝つためには、世界最先端の技術力・開発力を常に保持し、それによって高性能、高品質の製品を供給していくことが重要である。
(1)Q.C.D(Quality・Cost・Delivery)の向上 品質(Q),コスト(C)、納期(D)は、企業・製品の優位性、差別化を支配する重要な要素であり、常にこれらを意識し、世界のトップレベルを保持するために、材料技術、生産技術開発を進めることが必要である。
(2)情報技術(IT)の活用 生産技術におけるIT技術の活用が進んでいる業界は多いが、鋳鍛鋼業界においては、歴史的に技能に頼ってきた面もあり、技能の技術化、特にITの活用については遅れていると言わざるを得ない。 今後、競争力を高めるには、IT化された設備の導入とともに、ITを活用した各種技術の基準化・標準化とそれに則ったものづくり、プロセスイノベーションが重要である。
2.付加価値を高める
素形材製品はそれ自体が最終消費者にわたるものではなく、顧客メーカーのニーズに合致した製品を製造していくことが肝要である。製品としては受注生産が多く、Q・C・Dが受注を決定するが、製品として、海外企業と差別化された付加価値の高い製品を開発し、ユーザーにアピールしていくことは、受注競争に勝ち抜く必要条件である。そのためには、設計・生産技術、材料・製品開発力、ユーザーへの提案力等を強化していく必要がある。業界企業は、叡智をこの点に結集する必要がある。
(1)業界No.1シェア製品の開発と販売戦略 市場で大きなシェアを確保できるNo.1製品を有する企業は、厳しい経済環境にあっても価格競争に巻き込まれることなく生き残る力を持っている。勝ち抜くためには、差別化(No.1)製品を有する得意分野での開発に経営資源の投入を集中できる基盤を固めるとともに、経済環境、マーケットの状況を見極めた販売戦略を立て、海外競合に立ち向かうことが必要である。
(2)現有製品の高機能化、高付加価値化 現有製品はQ・C・Dを現状に維持するままでは、安価な労働力を有し設備能力・技術力ともに向上しつつある新興国との競争に負けて撤退せざるを得なくなる。したがって、現製品についてもQ・C・Dの改善によって、高機能化、高付加価値化に取り組まなければならない。さらには、現有製品の周辺や将来を精査し、機能の付加、新製品開発やバリューチェーンへの展開を図る必要がある。
3.有為な人材の育成を図る
企業が存続し、社会への貢献を続けるためには、有為な人材を確保し、育成していくことが前提となる。これからの素形材産業における人材は、現場知識と高度で幅広い工学的知識を有する「エンジニア人材」と熟練技能と最新技術情報を有する「技能者人材」が必要であるが、大学、高専、高校においても、当業界の認知度は低く、有為な人材の確保と、計画的な人材育成計画を精力的に実施する必要がある。
(1)エンジニア人材の確保 大学を中心として素形材分野(金属系学科、塑性加工等)を専攻する学生数は減少しているだけでなく、その学科すら消滅しつつあり、ものづくりを目指す素形材産業としては憂慮すべき状況である。大学等との共同研究、研究会等を通じて鋳鍛鋼のプレゼンスを示す活動を行うとともに、関連学部・研究室等との積極的交流・接触により人材の確保を図るべきである。また、近年は、生産技術等関連技術の高度化のため、電気、情報系の人材の確保も必須となってきているが、素形材産業の認知度から採用が著しく困難であり、これら関連分野の学生への認知度の向上に取り組む必要がある。
(2)技能者人材の育成 技能者人材の育成については、多くの素形材企業はOJT(On the Job Training)、すなわち現場で仕事を行いながら技能を習得する訓練を行っている。「技能は先輩から盗むもの」といわれた時代もあったが、現在では、中間年齢層の不足、ベテランの退職等でOJTのみでの伝承も困難となるとともに、製造技術そのものが高度化し、進歩の速度も速いため、感応的な技能に頼らずに、しっかりとした科学・技術的な原理をベースとして論理的な思考のもとで教育・訓練を実施していくことが重要である。また、素形材分野外の広範囲な技術やその情報の習得も必要とされるため、教育の手段として、企業外部の人材育成リソースを積極的に活用していく必要がある。
(3)技術・技能伝承活動の継続 鋳鍛鋼に関わる技術は暗黙知とされる部分が多いと言われており、形式知化されつつあるものの、いまだに個人の技能に頼る部分も多い。技術、技能の伝承については、当会の「技術・技能伝承研究部会」で議論し、「推奨する技能伝承活動の取り組み手順および今後の課題」という結論を導きだしており、これに沿った活動が推奨される。
4.需要家との共生、健全な取引慣行を目指して
設備面、技術面等でのアジア新興国企業の追い上げ、国内需要の減少と海外需要の増加、デジタル化・モジュール化といったものづくりそのものの変化などによって、需要家業界も変革を余儀なくされ、コスト削減、部品の現地調達を加速してきた。鋳鍛鋼業界もこの動きに翻弄されているといっても過言ではない。このような状況を打破し、需要家業界と共生していくことが必要である。 (1)製品開発の段階から参加する素形材の共同設計・開発 単に素材供給メーカーにとどまることなく、需要家業界のニーズを把握し、将来ニーズに合致した高性能、高品質製品を提案、実現していくことが重要である。需要家業界と協調・連携した、先進的素形材の開発が相互の発展のために重要であり、また、その実現のために技術力、開発力を磨かなければならない。 (2)健全な商慣行へ 最近も企業コンプライアンスに関わる問題がマスコミにしばしば取り上げられるが、企業コンプライアンスを徹底することは業界存続の基本であり、その下で可能なものについては鋳鍛鋼業界が協力しつつ、現在おかれている厳しい状況に対応することが重要である。法令はもとより、業界におけるガイドライン、申し合わせ事項を遵守した健全な商慣行の追求は、鋳鍛鋼業界の発展と競争力の強化につながるものと確信する。
5.「ものづくりの担い手」鋳鍛鋼産業のアピール
鋳鍛鋼製品は、機械装置の心臓部として使われるものの、一般の消費者が目にすることのない製品が多い。しかも、業界にはローテクなイメージと、3Kといったネガティブな産業イメージがつきまとっている。本章の3項で述べた、有為な人材の確保・育成の上でも、このようなイメージを払しょくする必要がある。鋳鍛鋼産業は、日本のものづくりを支える重要な基盤のひとつであり、鋳鍛鋼製品が日本のあらゆる産業の高度化や、電力等の社会のインフラの核としていかに大きな役割を果たしているかを、機会をとらえてアピールし、とりわけ若い人たちの鋳鍛鋼業界への理解を促進することが重要である。
6.海外市場に目を向ける
鋳鍛鋼業界は、設備投資の大きさ、限定的なマーケットなどにより海外進出には制約が多く、厳しいとの指摘がある。自国外の企業の買収といった活動はあるものの、基本的に自国での技術開発や生産活動によって製品の差別化を図っている。我が国の業界はこうした国内に存在する製造拠点をベースとした生産活動を推進するが、絶えず、海外マーケット海外競合の動向を注視し、あらたなビジネスの展開に向けて情報収集を怠らないことが重要である。
Ⅱ.鋳鍛鋼業が強くなるために
I. で述べた方向性を具体化するに当たり、重要なことは、日本のものづくり産業をいかにすべきかとの観点で考えることである。
経済産業省の新素形材ビジョン(及び、ものづくり白書2013年版)では「国内需要が減少しアジア新興国企業の追い上げが増えてきたにもかかわらず、国内の事業者同士が縮小する国内のパイを利益度外視で安値合戦をして取り合っている状況が少なからずみられる。こうした結果、大きな名門企業が経営危機に陥る事例も生じている。本ビジョンに示された目指すべき方向性を達成するためには、素形材業界における業界編成を通じて、企業の整理・統合を進め、相応の規模を有する企業を残し、企業競争力を高める必要がある。価格のたたき合いによって共倒れになる前に、市場から退出すべき企業は退出し、新陳代謝を高めるべきである。素形材産業における各業界を筋肉質な体質へと変革すべき時を迎えている」と述べられているが、現在の鋳鍛鋼業界は、従前のビジネスや業界の風土から抜け出せず、変革が起こらない限り、このような方向性を正としなければならない状況に置かれていると言える。
一方で、平成25年秋の臨時国会で「産業競争力強化法」が成立した。内容は次のとおりである。
- 生産性向上設備投資促進税制
設備投資を実施する際の税制優遇 - 中小企業操業・事業再生の支援強化
地域中小企業の創業・事業再生の支援強化 - 所得拡大促進税制
給与等の支給額を増加させた場合の税制優遇 - 企業実証特例制度・グレーゾーン解消制度
企業単位での規制の特例措置の創設や企業の事業計画に則した規制の適用の有無の確認 - 事業再編
事業再編を行う際の脆性優遇や金融支援、特例措置等 - ベンチャー促進税制
企業によるベンチャーファンドを通じたベンチャー企業への出資に対する税制優遇
これらの内容を吟味し、鋳鍛鋼業界の強化並びに企業の強化に向け活用の検討をすることも一つの選択肢である。
国内マーケットに固執せず視野を広げ、海外へ目を向けることが必要である。そのためには、第2章で述べたとおり、国際競争力を高め、海外企業に勝ち抜く取り組みが必要である。
自社の固有技術に固執して開発を行ってきた時代から、他企業、大学等外部の技術を取り入れて開発を進め相互に成果を得るオープンイノベーションの時代への転換を推進することが必要である。グローバル競争下の現在では、一つの企業単独で競争優位性のある固有技術を開発するのは困難となっており、複数企業・機関の技術、知恵、経営資源の活用により新しいソリューションを見つけていくことが必要となっている。
日本鋳鍛鋼会では、平成24年の村井会長年頭の辞「業界全体がオールジャパンの精神で難局に立ち向かって行こう」の合言葉のもと「共通課題の探索と活動方策の検討」をテーマに掲げ、議論を進めているところであり、「情報の共有化」「技術者の育成(表彰制度の創設、基礎講座研修会の充実)」「安全研修会創設」「部会活動のハイクオリティー化」など具体的に動きつつあるが、活動の更なる活性化・充実とスピード感が重要である。
オールジャパンとしての取り組みが重要であるが、他者依存の甘えの構造では成果は乏しいものとなる。個々の企業が強くならなければ、オールジャパンとしての総合力は発揮できない。個々の企業においては、平成18年の鋳鍛鋼業界将来ビジョンに具体的な実施項目がうたわれており、その内容は現在でも基本的に変わらない。今一度、その内容、自社での実施状況、成果について吟味し、課題を抽出してさらなる強化につなげる必要があろう。
「鋳鍛鋼業界NEWビジョン」策定メンバー
主査 | 伊藤 嘉朗 | 太平金属工業(株) | 取締役製造部長 |
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委員 | 佐藤 智 | (株)宇部スチール | 鋳造製造部付部長 |
小森 篤 | (株)大同キャスティングス | 技術室長 | |
帆苅 利弘 | 大平洋特殊鋳造(株) | 技術部商品開発グループ主務 | |
来栖 直敏 | 日本鋳造(株) | 素形材事業部理事 | |
河内 政志 | 福島製鋼(株) | 営業部長 |
主査 | 田中 泰彦 | (株)日本製鋼所 | 鉄鋼事業部技術部部長 |
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委員 | 森川 裕文 | (株)神戸製鋼所 | 鋳鍛鋼事業部技師長 |
亀川 憲一 | 新日鐵住金(株) | 産機品製造部上席主幹 | |
竹鶴 隆昭 | 大同特殊鋼(株) | 鍛鋼品事業部渋川工場長 | |
小林 大三 | 大平洋製鋼(株) | 取締役製造部長 | |
工藤 秀尚 | (株)日本製鋼所 | 電力製品部部長 | |
大小森 義洋 | 日本鋳鍛鋼(株) | 取締役生産技術部長 |
日本鋳鍛鋼会 | 専務理事 | 中澤 敏輝 |
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特別顧問 | 添田 暉平 | |
常務理事 | 尾崎 直文 | |
参与 | 津村 治 | |
参事 | 加納 信雄 | |
職員 | 関山 裕介 |